NPO法人ARDA
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「岡本太郎とアールブリュット」展

アートワークショップ 2015年09月30日

「岡本太郎とアールブリュット」展。関係者の私がいうのもなんですが、いい展示なので、ぜひみなさんに見いただきたいとおもいます。
アフリカ原始美術から現代の私たちをつらぬく大きな流れを捉えた構成と、作品一つ一つがよーく見えつつ、お互いに響きあっている展示が、とても素晴らしい展覧会です。これは現代のアールブリュット作家を一人一人知り尽くしたCo-curatorの中津川浩章さんと、歴史的な流れをしっかり見据えた仲野さんだからこその展覧会です。ARDAとして、展示の最後に仮面をつくるアートワークショップのコーナーを企画とカタログにテキストを執筆させていただきました。(ミツキ)

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(カタログより)
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今日(こんにち)のワークショップ -自分の中に全体性を取り戻す-

 「失われた自分を回復するためのもっとも純粋で、猛烈な営み。自分は全人間であるということを、象徴的に自分の姿の上にあらわす。そこに今日の芸術の役割がある」
 岡本太郎著1954年『今日の芸術』(P21より)

 太郎さんは、社会が発展していけばいくほど、現代人は一つの機械の部品としての役割を求められ、本来的な生活と自分から分断されてしまっていることを憂いていました。そして、その失われた人間の全体性を取り戻そうする情熱の噴出が芸術の意義なのだ『今日の芸術』の中で語っています。
  私は、子どもから高齢者まで長年アーティストによるワークショップをコーディネートしてきましたが、太郎さんのこの言葉は現代におけるワークショップの意義についても語っているように聞こえます。3. 11後の東北と東京都心の子どもたちの現状に心を痛め、中津川浩章さんと何度も一緒にワークショップをおこなってきた際に、激しいエネルギーの噴出と奇跡のような高揚感とその結実である作品の力強さに何度も打たれてきたからです。

  中津川さんと私にとって忘れられないワークショップがあります。2011年6月、震災で甚大な被害をうけた宮城県七ヶ浜市の児童館でのことです。すぐそこまで津波がやってきたというその児童館に私たちが入っていくと、台風のように子ども達が暴れ回っています。準備のために、クレヨンを置いたそばからコーンと足で蹴っていく女の子、スタッフを足蹴りして「帰れ。俺は絶対やらない」という凄む男の子。今日はワークショップになるだろうかと不安になるほどでした。それでもなんとかスタートし、子ども達はかたつむりのようにゆっくりとした線や、新幹線のように早い線、クネクネの線や、竜巻のように渦を巻いた線、そして目をつぶり楽器の音を感じて描く線など、中津川さんのガイドで色々な線を描くことで、グッと集中していきます。そのうちやらないと宣言していた男の子たちが参加してきました。大声を出しながら渦巻きを描いたり、身体中をクレヨンで塗りだしたり、もう、熱狂!ある男の子は何層にもクレヨンを重ねては爪で引っ掻き、「これは俺の芸術だ!誰にも邪魔させない!」と叫んでいました。心の奥底にある切実なエネルギーを原動力とした作品は、ヒリヒリするような力強さがあります。結局、1枚のロール紙では満足せず、もう一枚ロール紙も使い、2時間を超えて描き続けました。
 終わった後に職員の方が、余震が続く中で不安な気持ちを抱えていたり、両親の職場や自宅が被災し生活に不安を抱えていることで、普段は落ち着いた子が暴力的になっているのだと教えてくれました。そして、それでもこんなに楽しくて夢中になれることに驚いたと語ってくれました。最後の写真撮影では、私たちに「帰れ」と足蹴りをしていた男の子は中津川さんと肩を組み、清々しい笑顔でピースをしていました。その変貌は、今でも忘れられません。 

 震災という大きな災害だけでなく、現代社会はジワジワと私たちを蝕んでいることを実感します。心の奥底から湧き出てくる表現への欲求に大人も子どもも蓋をして、表現することで溢れ出てくる喜びを押し殺し、いつのまにか自らを分断してしまっている私たち。東京の超都心の保育園では、自由に絵を描くのが苦手なのだと保育士さんからよく相談されます。描く事が決まっていれば描けるのに、「自由に」描くとなると、途端に描く手が止まってしまうのだそうです。「上手く」描くことを意識し過ぎたり、経験がないため、どうしていいのかわからないのでしょう。時々、ワークショップの最中に、絵を描く事が「何の役に立つのか?」と聞かれることもあります。本来子ども達から溢れてくるはずの、描くことの喜びはどこにいってしまったのか?私たちは子どもの表現に対してまで、意味を求め、正しいこと、上手であることを押し付けてしまっているのか。「みんな身体の奥底でつながっている。決してひとりぼっちではない。それをワークショップで感じてほしい」と中津川さんは言います。描く事を通して、生きるということの意味や喜びを、今一度考え直さなければならないと切実に思うのです。

 すべての人が「描くことの喜びをもつべきだ」とも太郎さんは言っています。その太郎さんの美術館で中津川さんのワークショップが行われることの意味はとても大きい。それは、みなさんの中にある表現の欲求や喜びに蓋をしないでほしいというメッセージです。プリミティブなエネルギーに満ちあふれた作品たちと出会った後、誰もが参加できる仮面のワークショップ・エリアがあります。たくさんの「生の芸術」に出会って、何かちょっと描いてみたいという気持ちになりませんか?ぜひ、その感覚を紙にぶつけてくれたらと思います。みなさんの中にある何かが表にでてきて、形になった時、「芸術とは何か?」と問いかけるこの展覧会は本当に完成するのだと思うのです。
          三ツ木紀英(アートプランナー/認定NPO法人 芸術資源開発機構 副理事長)