NPO法人ARDA
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新型コロナウイルス対策下の日々と、福島県での体験

アートワークショップ 2020年05月22日

はじめに、新型コロナウイルスにより罹患された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
新型コロナウイルス感染拡大防止対策が続く中、思い出されるのは東日本大震災後の福島県での活動です。福島県では震災後長らく室内での活動を余儀なくされ、訪れた保育園や幼稚園では、外の廊下を歩く数秒程度の教室移動の際にも園児が欠かさずマスクをつけていました。
数年後、徐々に環境が改善・緩和されて外へ散歩に行けるようになっても、慎重なルート選び、日々変化する放射線量の測定は継続されていました。ワークショップでの打合せやふりかえりでは、幼児期の成長に期待される体験が制限されてしまう状況への危機感をうかがうことが多くありました。それだけでなく、そうした厳しい環境に子どもと留まることを決めた人とそうでない人が同じ問題を語る難しさもありました。

そんな中、保育士の方々が悩みや不安、決意や使命感が混然となった張り詰めた気持ちで保育にあたられていた様子が記憶によみがえります。原因は異なりますが、これまで存在しなかった大きな負荷がかかる環境下で、毎日神経を使った対応が必要になるという状況には、現在と共通するものがあるのではないでしょうか。

2012年1月に福島県南相馬市で行った保育士講座は、保育士の方々と行った活動の中で印象的なものの一つです。ARDAでは主に港区での事業にて、保育園や幼稚園の先生方を対象としたアートワーショップのことを「保育士講座」と呼び、長年実施してきました。そうした保育士講座が、南相馬市での活動でもアーティストの新井英夫氏と中津川浩章氏のご協力により実現しました。

その様子を紹介する記事から抜粋します。(http://www.arda.jp/cat_ws/1556

「絵できもちを表現する」
水彩やクレヨンを使って、自分の気持ちをどう表現するか、簡単なようで難しいことです。中津川さんの講座では、水に濡らした紙に「今日の気持ち」「イライラ」「ワクワク」「ドキドキ」を水彩で表現していきました。また地震がきたらどうしようという「ドキドキ」する気持ちを描いたり、答えの見つからない今の状況を、黒や茶、深い青などで表現する方もいらっしゃいました。子ども達とは元気に過ごしている反面、保育士さん自身も不安を抱えていらっしゃる現実が垣間みられます。

写真:福島県の保育園、中津川浩章による保育士講座

楽しい気持ちを表現することで、もっと元気に。あるいは、モヤモヤした不安に色や形を与えて、絵にしていくことで、気持ちを少し客観視できます。また、意識的にも無意識的にも、描いた絵には色や形に意味や理由があります。描いた絵を変に分析するということではなく、子ども達と絵についてお話することで、その子のことがよりよく理解することができるのではないでしょうか。最後には「子ども達と早速絵を描いてみます」という声も。短い講座でしたが、室内での子どもとの遊びのヒントにしてもらえればと思います。(当該記事制作:三ツ木)

福島県の保育園、中津川浩章による「アクションお絵かき!」園児ワークショップ

中津川さんのワークショップでは水彩絵の具を使い、色や形によって「今日の気持ち」や「イライラ」「ワクワク」「ドキドキ」を抽象的に表現するワークと、人や動物や家などの具体的なモチーフを自由に構成・配置して描くワークを行いました。作者本人による語り、他の人との比較によって、作品の中に現れていた不安や鬱積、希望や心の支えの存在などが垣間見えて心動かされたことを覚えています。もちろん言葉に出さなくても、色や形、選択したモチーフや距離感などにより、作品は多くを語ります。この時間は一種のアートセラピーのようにも感じられました。自分の状態や周囲との関係を自分から引き離された形にすること、距離をおいて観察することは、こうした状況下にリフレッシュや気づきをもたらすのだということが、その時の情景と共に心に残っています。

東日本大震災では、こうした状況は福島県のみに特化していました。対応にあたる方々の孤独はいかばかりだったでしょうか。そして、その孤独は今も存在しているようにも思うのです。延期となったオリンピック・パラリンピックで「復興」を歌えるほど、自分事として被災地をサポートしてきただろうか?そんな問いを自らに投げかけています。

対して、新型コロナウイルス感染拡大防止対策と、その中で心を健康に保つアイデアは、感染状況の濃淡はあるものの日本全国、ひいては世界中で共有できるものと言えます。芸術文化のイベントが軒並み中止になってきたものの、芸術文化自体が「不要不急」のものになったわけではありません。アートワークショップチームでも、何かしらの実現可能な形を模索し、分かち合っていく機会を生み出せたらと考えています。

まずは、こういった困難な状況で溜まっていく言葉にしにくい、共有しにくいストレスを見つめ、それぞれに異なるリフレッシュや希望につなげるための一歩を、アートのような自分に寄り添う表現が後押しできるのではないかと考え本記事を公開します。(近田)